『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』のネタバレありの感想になります。
ネタバレありの感想になりますが、ネタバレありの感想になる前に注意書きをおいてあります。
ですので、未読の方やネタバレを見たくない方でも、そこまでは読んでいただいても大丈夫なはずです。
あらすじ
妖怪から相談を受ける『知恵の神』岩永琴子を呼び出したのは、何百年と生きた水神の大蛇。その悩みは、自身が棲まう沼に他殺死体を捨てた犯人の動機だった。――「ヌシの大蛇は聞いていた」
山奥で化け狸が作るうどんを食したため、意図せずアリバイが成立してしまった殺人犯に、嘘の真実を創れ。――「幻の自販機」
真実よりも美しい、虚ろな推理を弄ぶ、虚構の推理ここに帰還!
ネタバレなしの感想
『虚構推理』シリーズの第二作目、前回は長編でしたが今回は短編集です。
5つの独立した短編が掲載されており、妖怪や怪異の絡む内容となっています。
前作『虚構推理』では虚構と現実が入れ替わる攻防が楽しめましたが、今回は現実となった虚構をという物語ではありません。
妖怪たちの知恵の神である岩永琴子が、妖怪たちの依頼に応えて事件を解決するという内容になっています。
ただし虚構推理』らしく、事件の真相を明らかにするという話ではなく、問題を収めることを優先した虚構の推理が披露されています。
問題の真相・真実は別にありますが、依頼主を納得させるために琴子が最もらしい理屈を披露するところが実に面白かったです。
推理自体は虚構ではありますが、相手を納得させるに足る推理とするために論理を積み重ねていくところが前作を彷彿とさせます。
前作『虚構推理』を楽しめた人は、今作も変わらず楽しめるはずです。
今回、第三話の「電撃ピノッキオ、あるいは星に願いを」以外は既に発生した事件に対しての関与になっています。
ですので、事件の犯人を当てるフーダニットではなく何故そのようなことを行ったのかを推理するホワイダニットのミステリーです。
第一話の「ヌシの大蛇は聞いていた」は、犯人の漏らした一言の真の意味を巡り二転三転する虚構の推理の行方と決着、そして本当の意味はという結びは実に見応えがありました。
ミステリー的な楽しみも、琴子と九朗の関係性の醍醐味も詰まっていますし、この第一話がこの短編集で白眉と考えています。
今作でも妖怪たちの調停を司る知恵の神たる琴子のキャラクターの面白さと、琴子と九朗の関係性の面白さは健在です。
九朗に対して積極的に好意をぶつける琴子とその好意を迷惑そうに受け入れる九朗のやりとりは5つの短編すべてで共通して描かれています。
琴子の身の安全より豚汁を優先されるとか、豚汁に負けるヒロインってなかなか珍しくもあり面白かったです。
そんな扱いに憤慨しながらも九朗との愛の営みの為にウナギで精をつけようとしたり、自然薯を用意したりと琴子の本当にぶれずにめげないところは好きです。
それに表面上は琴子をぞんざいに扱っている九朗が本心では琴子のことを大切に思っていることが分かりますので、いい感じの2人なんじゃないでしょうか。
逆に琴子の方が九朗の気持ちや考えを理解できていない面がありますね。
これは琴子のスタンスが妖怪側に近く人の感情に疎いという面があるのかもです。
琴子のスタンスとしては自然の理に反していなければ、人に被害が出ても関与しないのですよね。
妖怪たちの知恵の神という立場から妖怪の依頼には応えますが、人からのお願いは断りますし。
件と人魚の性質を取り込んだ異形の存在である九朗が精神面では人間らしいのに比べ、琴子の方は精神面が人間と一線引いている気がします。
だからこそ、琴子の姿に不吉な影を感じたり、決して敵に回したくないと思われたりするのかもしれないです。
琴子と九朗の関係は琴子が積極的に九朗に関与することで成立していますが、九朗の身体が普通の人間のモノに戻った時にこの関係が壊れないのかちょっと怖いですね。
ネタバレありの感想
ここから下は『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』のネタバレありの感想になります。
未読の方やネタバレを見たくない方は、ここで引き返すことを推奨いたします。
各短編についてネタバレありで感想を書かせていただきます。
ヌシの大蛇は聞いていた
ネタバレなしの感想でも書きましたが、今回の短編集で一番楽しめたお話です。
九朗に豚汁>琴子という公式で語られたり、その事に憤慨する琴子という点も面白かったですが、
この御話が面白かった最大の理由は、依頼主である大蛇が頭が良く琴子の虚構の推理に突っ込みをいれてなかなか納得しない点ですね。
琴子は最初に真相を伝えてはいるのですが、大事なのは真相ではなく大蛇自信が納得できる理屈であったという点で実に難問でした。
大蛇が納得するためにいくつもの虚構の推理を積み重ね、最終的に確認のしようがないが説得力のある虚構を用意するところが実に琴子らしく最高でした。
それにしても死体遺棄をした犯人は目論見通りヌシ様に死体を発見してもらったのに、食べて貰えなかったばかりに犯行が発覚してしまった不運。
うなぎ屋の幸運日
琴子が探偵役ではなくメッセンジャー役ということで短編集の中でも異色の内容です。
梶尾の身体の不調は、彼が殺した妻の幽霊が憑りついているからであり、自首しようともしなくとも不調は続くと告げています。
妻の幽霊から頼まれたから琴子は梶尾に伝えたわけですが、琴子は幽霊や妖怪の知恵の神ですから彼らの依頼は受けるのですよね。
逆に梶尾からの妻の幽霊を祓ってくれという依頼は世の理に反していないので断っています。
この辺、琴子の基本的なスタンスが妖怪や幽霊側であり世の理を重視することの証明に思います。
琴子にとって同じ人間だから助けようという観点はないのでしょうね。
「わけのわからない恋人を持つと苦労する」という琴子の述懐は、九朗の方こそが思っていることだろうな。
電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを
孫を亡くした老人の絶望が呪いになったと思いきや、それ以上の絶望が存在していたという点が驚きの短編でした。
命を懸けての復讐を行おうとしながらも、呪いの責任を他者に背負わせようとする善太の考えは小心者が故なのか、他者に向けての悪意なのかは悩ましいところです。
呪いの人形に孫が亡くなる原因を作った大学生4名の名前と併せて多恵さんの名前を刻んでいたことを考えると、悪意の成分が強かったんじゃないかと思いますが。
大学生4名に対する復讐はまだしも、同じ様に大切な存在を事故で失いながらも平気そうな多恵の姿に憎しみを抱いたことは逆恨みに他ならないですからね。
あくまで平気そうに見えていただけで、多恵さんの絶望の深さと長さは決して他者が測れるものではありません。
それに多恵さんが大切なものの死から立ち直れていたとしても、それまでに感じていた絶望を想えば善太の呪いは本当に独りよがりの憎しみですよ。
今回も九朗が心の奥では琴子のことをとても大切に思っていることと、九朗に対して好意を抱いている割にぞんざいに扱う琴子の姿が描かれています。
「彼女がいなければ、今頃僕はどう暮らしていいか見失っていたかもしれません」という言葉から、九朗が人間とし手の心を持って暮らせているのは、琴子が対等の人として接してくれることがあるのでしょうね。
そして「あと、なるべく死なない方向で」という言葉、琴子は本当に九朗能事大切にしているのか?という疑問符が浮かびますね(笑)
本当にこの二人の関係性とやり取りは楽しくて好きです。
ギロチン三四郎
探偵役が琴子ではなく、九朗の方なのかと驚きを覚えました。
それ以上に探偵役となった九朗が事故死してしまったことに驚きを覚えましたがね。
そしてギロチン三四郎の依頼がギロチンが使われた理由を調べることではなく、小夜子に自身をモデルとした絵をかいてもらえないかと伝えることだったのがサプライズでした。
今回の短編集に載っているお話全編にわたって言えることですが、発生した殺人事件は本当にどうでもいいんだなあと思わされますね。
妖怪たちからすれば人間の諍いは関係ないでしょうし、琴子にしても妖怪たちの知恵の神というスタンスが無ければ事件に関わることは無いから仕方ないよね。
小夜子は眠っている琴子の姿を見て絵のモデルにしたいと考えていたのに、会話した後はもう二度と会いたくないとまで感じている訳で。
どんだけ琴子が人間らしさからほど遠く、不吉な気配を感じさせるのかと恐ろしさを感じます。
眠っているときに鼻にフライドポテトを入れられたり、九朗のところに自然薯をもってやってくる姿からは想像できませんがね。
幻の自販機
第一話と同様、真相に納得しない人物に虚構の推理を真実であると納得させるのかというお話です。
ただ第一話に比べて虚構の推理が複雑だし、無茶があったかな。
第一話の虚構推理は裏付けを取ろうにも既に証拠品(胎児の死体)は始末済みと思われ裏どりをしないだろうけど、
こちらの虚構推理は裏付けを取るために梶木刑事が行動しそうな点に引っ掛かりを覚えたせいかもしれません。
うどん自販機のある異界から梶木刑事を遠ざけるという目的の達成は出来るだろうから良いと言えばいいんだけど。
私がピザの配達員や本間にあらぬ疑いが生じたことに納得がいかないからかもしれないです。
今回も琴子の行動に振り回されいやいや付き合う九朗の姿と、それに不満げな琴子の姿は面白かったです。
琴子の好きなところ二十個挙げるという罰ゲームで、まっさきに挙げるのが「僕にまったく好かれようとしないお前の自分を曲げない姿勢」なのは笑いましたよ。
でも、そのあとの九朗の言葉こそが琴子と九朗の関係性を如実に表しているように思えます。
2人の関係って琴子が九朗に対して好意を持っているからこそつながっている関係なんですよね。
シリーズ感想の索引
お勧めの作品
短編集掲載のお話は漫画版でも映えそうですね。
琴子と九朗のやり取りがコミカルでしたし、ピノッキオ戦のアクションは絵があれば盛り上がりそうですし。
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