『バーチャル人狼ゲーム 今夜僕は君を吊る』のネタバレありの感想になります。
ネタバレありの感想になりますが、ネタバレありの感想になる前に注意書きをおいてあります。
ですので、未読の方やネタバレを見たくない方でも、そこまでは読んでいただいても大丈夫なはずです。
あらすじ
学園祭の出し物としてバーチャル空間での演劇を行うことになった高坂直登と二年四組の生徒達。ところが仮想空間へログインした彼らを待ち受けていたのは、自分達を襲う獰猛な狼からの逃亡という不可解な演目の強要。さらにルールを無視した生徒の現実世界での死だった!この演目が「人狼ゲーム」をモチーフにしているといち早く見抜いた高坂。しかしそれは、クラスメイトを疑い、吊るし上げるという最悪の展開を示唆するものであり…。そんな中、自ら狼役であることを名乗る出す生徒が現れ!?虚構と現実の世界で繰り広げられる死と隣り合わせの人狼ゲーム。極限の騙し合いが、クラスメイトの本性を暴き出す!
ネタバレなしの感想
二年四組の全生徒が事件に巻き込まれ、全生徒で「人狼ゲーム」をモチーフとしたデスゲームを強制的にプレーさせられます。
主人公 高坂直登を始めとした全生徒が死から逃れるために、友人たちの中に潜んでいる「人狼」を探すために議論を進める中で、自分自身の感情、気持ちに向き合い、また相手の本当の姿に向き合っていくというお話です。
「人狼ゲーム」を題材としたデスゲーム物ですが、「人狼」を見つけ生き残ることよりも、他者の隠していた本当の気持ちにどう気づき、どう向き合っていくかが強調されているように感じました。
登場人物たちの誰もが学園生活を円滑にするために本当の気持ちを押し隠し、仮面を被って過ごしていました。
ですが、命懸けのデスゲームという極限状況に置かれたことで、各人物たちは自分の本当の気持ち感情をぶつけていきます。
そして、主人公である高坂直登が相手の本当の感情に対して真摯に向き合っていくというところが本作の見どころであるといえます。
相手の内面に対して深く踏み込まず、表面上の付き合いで過ごしてきた高坂直登が、深く踏み込み深く巻下駄上で命の取捨選択するクライマックスの場面には迫力を感じました。
このクライマックスの場面を強調するために、その段階に至るまでの「人狼探し」には命を懸けているはずなのに重みを感じさせない様に描写されていたのかもしれないですね。
相手をどれほど深く理解できているのか?
自分が見ていた相手の姿は本当のものなのか?
そして、自分の気持ちや感情、選択に真剣に向き合えているのか?
という点を考えさせられる作品内容であったと思います。
デスゲームでは、生き残ることや自陣営を勝利に導くことが最優先されますが、本作では共に学校生活を過ごしてきたことで生じた感情が、勝利第一に行動することを阻害しています。
その感情こそが学生同士の絆でもありましたし、互いを考えを阻害する毒ともいえます。
この感情という「毒」の存在は多かれ少なかれ登場キャラクターが抱いているものでありましたが、特にあるキャラクターが持っていた「毒」こそが、よくある「人狼ゲーム」をモチーフとした作品との差異となっていると思います。
あのキャラクターの「毒」があったからこそ、クライマックスでの二択に緊迫感と迫力、そしてエピローグでの引きが強いものになったのだと思います。
土橋先生は命がけのゲームをガジェットとした作品を多く出していますが、「人狼ゲーム」を用いた作品は「殺戮ゲームの館」以来ですね。
あちらの作品にも「人狼ゲーム」を執り行う組織がありましたがと世界観が同じだったりするのでしょうかね?
その辺も気にかかりますが、本作のエピローグでの答えを濁す感じでしたし続きは出ない気がします。
高坂直登の決断と選択の応え合わせは、作中では明確にされず読者夫々の胸の中にという事になるのでしょう。
私が考える高坂直登の決断の答えはネタバレありの感想の方に書いておきます。
ネタバレありの感想
ここから下は『バーチャル人狼ゲーム 今夜僕は君を吊る』のネタバレありの感想になります。
未読の方やネタバレを見たくない方は、ここで引き返すことを推奨いたします。
本作の人狼ゲームについて
今回、運営側が用意した「人狼ゲーム」のルールを考えると、復讐のための単純な殺戮ゲームにする気が無かったんじゃないかと思ってしまいます。
そのように考えた理由は、狼側が夜ごとの襲撃先を選ばなくてもペナルティが無いようですし、昼の時間帯に疑わしい誰かを火にくべる(吊る)ことも強制されていなかったからです。
犠牲者を減らそうと思えば減らせる状況は、逆にいえば命を奪うという選択は強制されたものではなく、参加者自身が行ったものだと捉えられます。
このルールの意図は、参加者自身の手で命を奪うことを決断させて、強制されたという免罪符や逃避をふさいだと考えられます。
自分の行いには正しく自分で責任をとれ、という意図があったのかもしれないですね。
命懸けのデスゲームという状況を用意したうえで、命を奪う責任は参加者にあるとするのはとんでもなく悪意を感じます。
この運営側の悪意に反抗し、自分の命を捨ててゲームを降りた片桐こそが、運営側や主催者に打ち勝った唯一の商社であったと思います。
ただし、そんな片桐の気高い決断が、残った生徒たちによるデスゲームの幕開けとなったことがもの凄い皮肉と悪意を感じる要因でもあります。
始まってしまった「人狼ゲーム」でしたが、残った生徒たちの内、柊木由希と三木原繭が理知的に手を組むことが出来ていれば、村人側の犠牲を少なくして村人側を勝利に導くことができたでしょう。
彼女たちは「人狼ゲーム」を知っているというアドバンテージがあり、勝者となるために必要なメンタルが他者を圧倒していましたからね。
三木原繭が行った襲撃先を誘導して「人狼側」の反応を探るという方法や、柊木由希の「毒」と「毒」を用いる機会を逃さないという執念は本当にエグイくらいですよ。
そんな有能な二人でも自分や相手の感情や気持ちを誤解して、誤算を重ねるところに人の気持ちの難しさを感じました。
クラスメイト達に自分の決断で命の奪い合いをさせるというのが主催者の狙いであり悪意であったとするのなら、そんな悪意の中で唯一残っていた希望は極限状態におかれたからこそ互いの気持ちを偽らずにぶつけ合った上での結末になったということですかね。
場の勢いに流されたからではなく、強制されたゲームの役職だからでもなく、相手の本当の気持ちに向き合い自分の決断で救う命と散らす命を選んだという意思が貴く感じます。
だからこそ、クライマックスの高坂直登がどちらの命を選択するのかという場面が輝いていたのでしょう。
最後に吊られたのは?
強制させられた「人狼ゲーム」の「人狼役」である七瀬
「人狼ゲーム」内ではなく、現実世界で他者の命を奪う「狼」であった柊木由希
クライマックスで高坂直登は、どちらを吊るすの選択を迫られます。
このクライマックスの選択だけは、「人狼ゲーム」に与えられた役職・役割に影響されずに命の取捨をしています。
「裏切りもの(狂人役)」を誰にするかを「人狼」が選べるというルールがあるため、生き残るためには「人狼」を吊るさないとならないという制約もなく、役職を理由にして自分の決断の責任を軽くすることができません。
強制された理由づけが無くなったからこそ、高坂直登の決断に至るまでの考えや思いに重みがでているのです。
七瀬と柊木由希、両者の気持ちや思いに向かい合う必要がありますし、どちらを選ぶにしてもその向き合った思いに応えるために、高坂も深く考える必要がありました。
人の命を奪うという行為をゲームだからという逃げを許さず、責任を持たせるこの決断は正直言いまして嫌いじゃありませんし、個人的にとても好きな展開です。
高坂はどちらを吊るす決断を下したのか。
その答えは作中では明確に描かれておらず、どちらが吊られどちらが助かったのかが曖昧です。
エピローグで狼の独り言(Whisper of the wolf)のパートがありましたので、普通に考えればゲーム中で人狼役であった七瀬が生き残ったと考えるべきなのでしょうが、単純に七瀬であると断定するには材料が少なすぎです。
その狼の独り言で「私の過去は毒と共に密室で消えた」と述べられている点からすると、作中で「毒」を用いていた柊木由希が生き残ったとも考えられます。
高坂がどちらを吊るす選択をしたのか明確な答えを作中から拾えませんでしたが、代わりに自分ならどちらを吊るす選択をするかと考えると、自分なら柊木由希を吊るす選択をしたと思います。
七瀬も柏木も狼として人を殺したという点では同じですが、その殺意が能動的であったか受動的であったかの違いがあります。
七瀬の方は元々人を殺す気などなかったところが役職を押し付けられ追い込まれたうえでの殺意でした。
ですが、柊木の方の殺意は自分の気持ちから生じたものであり、自らが進んで行った殺人です。
前園という性的虐待者を許せないという気持ちは理解できなくはないですが、犠牲になった少女を助けるためではなく、自分の感情から前園を許せないと断罪する柊木の行為は利己的なものに見えました。
自らの中に明確な殺意を抱き、機会をとらえて人を殺していた柊木こそが「村人」ではなく「狼」であったといえます。
そして柊木が「狼」であるのなら、「村人」である高坂は柊木を吊るす決断をしたのではないかと思っています。
私の読み込みが浅いせいかどちらが生き残ったのか決め手となる情報が拾えませんでした。
もし本作品を読まれた方で、七瀬 or 柊木が生き残ったとする根拠をお持ちの方が居ましたらコメントで教えていただけると幸いです。
シリーズ感想の索引
お勧めの作品
今回のお勧めは『殺戮ゲームの館〈上〉 (メディアワークス文庫)』です。
感想でも少し触れましたが本作と同じく人狼ゲームをモチーフとした土橋先生の作品です。
登場人物の数が絞られている点とその分内面描写が多く描かれている点が本作との違いですかね。
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